【G戦士の素顔(5)】育成3年目・山川、山あり谷ありの野球人生 軟式の高校時代、涙を流した大学2年秋(サンケイスポーツ)

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出典元:川崎市のジャイアンツ球場で汗を流す山川

その笑顔がチームを明るくしている。育成3年目の右腕・山川和大(ともひろ)投手(24)は支配下登録を目指し、懸命に汗を流す。166センチ、74キロと小柄な体格だが、直球の最速は152キロ。その野球人生は山あり谷ありだ。

 2歳上の兄・雄大(たかひろ)さんの影響で、小学校2年の冬から「西山スターズ」で野球を始めた。有野北中でも軟式野球部に所属。高校は、「留学がしたくて、留学制度があったので」と兵庫・芦屋学園高に進む。

 同校には硬式野球部はなく、軟式野球部のみ。入学時にはクラブチームに入ることも考えていた山川が、ふとグラウンドを訪れると、衝撃の光景が広がっていたという。

 「初めて見たときに5人とかしかいなくて。『なんやこれ?』ってなったんですけど、『そこから人を集めて、強くなったら格好いいな』と思って。ちょうど『ROOKIES』がはやっていた時期で憧れましたよ」

 同級生に声をかけるなどして、春には10人以上がそろった。だが、決して恵まれた環境ではなく「ライトフライでも打とうもんなら、フェンスもそんなに高くないので、六麓荘っていう高級住宅街にいってしまう」とティー打撃や、ソフトボールやテニスボールを打っていたという。

 大学は芦屋大に進学し、同大が提携した独立リーグの兵庫ブルーサンダースに所属。チームでは投手だけでなく、二塁手としてもプレーしていた。だが、大学2年時の4月に、オリックス2軍との試合で九回に登板。146キロを計測したことから、投手に専念する。

 周囲からも「プロ」という言葉が聞こえるようになった大学2年秋。順調かに思われたが、大学に所属し、2年生だった山川はドラフト会議直前に指名対象外に。それでも、チームの事務所でドラフトをチェック。もちろん指名されることもなく「いいや、また頑張ろう」と気持ちを切り替えようとしたときだった。

 阪神などで活躍し、チームの投手コーチだった池内豊氏(67)から「そんなに無理せんでもええぞ。泣きたかったら泣いてもええぞ」と言われ、気づいたときには涙がほほを伝っていた。「『やっぱり悔しいんやな』って思って。その時に『意地でも行きたい』と。そこで『行きたい』に変わりましたね。『こんな思いはしたくない』って」と決意を固めた。

 今年5月24日には東京ドームでの1軍練習に参加。「やっぱり違いました。こんな言い方したら駄目かもしれないですけど、めっちゃ楽しかったです」と雰囲気を味わった。下克上物語は、まだ終わっていない。支配下登録を勝ち取り、1軍のマウンドに立つ日を夢見る。(赤尾裕希)

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